トップ/陽斗くんの合格ストーリー
数学32点から、春岡東高校へ。
陽斗くんと春ゼミの16ヶ月
中2の冬、数学のテストが32点だった一人の塾生が、高校受験までの16ヶ月をどう過ごしたか。ご本人・保護者の了承のもと、実際の記録をもとに再構成してお伝えします。誇張はせず、点数がすぐには上がらなかった時期も含めてそのまま書いています。
はじまりは、32点の答案でした

佐伯陽斗くん(仮名)は、当時中学2年生でした。1学期の数学はコンスタントに60点台。特別得意というわけではないものの、苦手意識もなく過ごしていたそうです。ところが2学期に入り、一次関数の単元でつまずいたあたりから急に成績が落ち込み、11月の期末テストでは32点という結果になってしまいます。
母の佐伯さん(仮名)によると、「本人もショックだったと思います。それまで机に向かうのが嫌いな子ではなかったのに、その頃から『わからんからやりたくない』と言って、数学の教科書を開かなくなってしまって」とのこと。宿題を出しても手をつけず、テストの答案も見せたがらない。そんな状態が1ヶ月ほど続いたといいます。
最初に動いたのは母でした。塾を探しはじめたものの、本人はなかなか乗り気にならなかったといいます。「今さら聞くのも恥ずかしい、という気持ちもあったんだと思います。あと、単純に新しい場所に行くのが面倒だったのかもしれません」。無理に連れて行くのではなく、まずは母だけで話を聞きに行くことにしました。
32点から72点まで
16ヶ月の間、点数は一直線には上がりませんでした。上下も含めて、実際の数字をそのままご紹介します。
※すべて陽斗くんの数学の定期テスト点数(100点満点)。この後も、毎回右肩上がりだったわけではありません。
16ヶ月の記録
数学32点。教科書を開かなくなる
1学期は60点台だった数学が、2学期の一次関数でつまずいたことをきっかけに急落。「わからんからやりたくない」と、家では数学の教科書を開かない日が続くようになりました。
母だけで30分の学習相談へ
本人はまだ塾に対して乗り気ではなく、この回は母だけでの来訪に。スタッフからは「本人が来たくなるまで待ちましょう」と提案され、まずは冬期講習の体験1週間だけを約束して帰りました。
個別指導(数学1科目)で入塾
冬期の体験を経て、中2の1月に個別指導(数学のみ)で入塾。最初の診断テストの結果、中1の方程式・比例まで内容を戻って復習することになりました。担当は個別指導教務主任の柳原千夏(元中学校教諭)です。
- 中1の方程式・比例まで戻って、基礎からやり直す
- 宿題は1日20分だけ。量より「毎日机に向かう」ことを優先
- 木曜に確認テストを実施し、定着したかをその都度チェック
- 分からない問題は次回に持ち越さず、その場で解き方を確認する
51点。「事前に聞いていたけれど、正直不安でした」
戻り学習の最中だったこともあり、「すぐには上がらない」と事前に共有されていた結果です。それでも母は、正直なところ不安だったといいます。
「戻り学習の最中だから、と事前に説明はしてもらっていました。頭ではわかっていたつもりだったんですけど、実際に51点という数字を見ると、やっぱり『このままで大丈夫なのかな』という気持ちにはなりましたね。」
佐伯さん(仮名)陽斗くんの母
「英語もやばいかも」。本人からの一言で併用へ
中3に上がった4月、本人から「英語もやばいかもしれない」という言葉が出たことをきっかけに、集団指導(5教科)と個別指導(数学)の併用に切り替えました。それまで受け身だった本人が自分から科目の心配を口にしたこと自体、母にとっては小さな驚きだったそうです。集団授業を担当する田坂の数学の授業で、「初めて関数が絵で見えた」と話すようになったのもこの頃です。
72点。自習室に、自分から残るように
1学期中間テストで数学72点を記録。このあたりから、それまで週2回程度だった自習室の利用が、ほぼ毎日に変わっていきました。
中1・中2範囲の総復習。模試の偏差値は入塾時から+7
夏期講習では中1・中2の範囲を総復習しました。抜けていた単元を洗い出す作業は地味で、本人も途中で「もう知ってる範囲なのに」と口にすることがあったそうですが、8月の模試では、偏差値が入塾時の測定から7ポイント上がっています。
内申が2教科で+1。第一志望に県立春岡東高校
2学期の内申点は2教科で1ずつ上昇。11月の三者面談で、県立春岡東高校を第一志望として決定しました。

夜の自習室(イメージ)
過去問演習と、日曜開放の自習室
中3の1月からは過去問演習が中心に。日曜も自習室を開放し、直前期特有の不安と向き合う日々が続きました。当時を振り返り柳原が語ったのが、次のひとことです。
「直前になると、『まだ全然できていない』って弱気になる生徒が多いんです。陽斗くんにも『今までのノートを見返してごらん』と伝えました。1年前の自分がどれだけ分からなかったか、そのノートを見ればわかりますから。」
柳原 千夏個別指導教務主任
県立春岡東高校 合格
3月、県立春岡東高校の合格発表。本人が漏らした一言が、この16ヶ月をよく表しているように思います。
「塾に行ってなかったら、たぶんゲームしてた。」
陽斗くん(仮名)合格直後のひとこと
それぞれの16ヶ月
担当した講師2名に、この16ヶ月を振り返ってもらいました。

最初の2ヶ月は、正直なところ地味な作業の繰り返しでした。中1の内容まで戻るのは本人にとって少し悔しいことでもあったと思います。それでも1問ずつ「わかった」を積み重ねたことが、後半の伸びにつながったんだと思います。

集団授業に入ってきた頃の陽斗くんは、まだ自信なさそうで、指されるまで手を挙げないタイプでした。関数のグラフを自分の手で描けるようになった瞬間の表情を、今もよく覚えています。
「成績より、机に向かうことが普通になったのが一番の変化でした。」
佐伯さん(仮名)陽斗くんの母・総括
一人の塾生の経過を、ご本人・保護者の了承のもと再構成して紹介しています(人物名は仮名です)。すべての方に同じ経過をお約束するものではありません。